みちくさブログ

徳澤冬期小屋閉鎖

平素よりご愛顧いただき誠に有難うございます。

長年にわたり冬山登山の避難所、事故発生時の連絡所としての役割を担ってきた徳澤冬期小屋ですが、長年勤めてもらった冬期番の退職に伴い、今シーズン営業をしない運びとなりました。

冬の上高地で越冬をするという重責を考え、経験、人柄、責任感などあらゆる面を考慮し人選に励みましたが、前任の者を超す人物は見当たらず誠に遺憾ではありますがこのような形となりました。

どうかご理解を頂けましたら幸いです。

長年にわたりお世話になった方々に感謝いたします。

徳澤冬期管理人(越冬者)廃止について

上高地が閉山される11月から翌年4月開山まで 毎年徳沢冬期小屋管理人をお願いしてまいりましたが 本年度より置かないことにしました。

ひとつの役目は終わったかなーという安堵感と一末の寂しさを隠しきれないのが実感です。

多少 雑感も含めて申し上げさせていただきますが、いつから冬期番をお願いしてきたかは正確には定かではありませんが、今年65歳の私の中には幼少の頃から記憶があります。(今 ブログを書いている若ダンナは4才の時 初めて年末についてきました)

数多くの冬期番は来訪者のお世話をしたり、徳沢を又上高地地域を守ってくれて感謝です。

特に昨年まで15年間も越冬してくれたM・H君は状況熟知からすべての管理に全く心配いらず心強い限りでありました。彼には多くのファンもついておりました。しかし、両親のこともあり昨シーズンで区切りをつけたいとのこと…。いつかはこの時がくるとは思っておりました。

冬期番には参考のためにと毎年冬期日記をつけてもらっております。彼の日記は全く日記らしくなく、ただ一言が多く、さみーなー(寒いな)。厳冬だじ。よく降るね。もう雪は飽きた。寝る。などなどポツリと全くの一言。

その中で4月3日独り言と称して、この日がついにきたという珍しく長文で
【社長の「シーズンに稼がせてもらったから冬に恩返しする」の言葉に感銘し15シーーズン冬の営業がシーズンに繋がるように勤めてまいりました。私の後に小屋番をやる人に一言いいたいのは冬期小屋を私物化しない事。これからは内からではなく徳沢園の発展を見ています。ヤッちゃん アイさんガンバッテください。社長さん ママさんに感謝。】   -原文のまま-

これを読んで彼の実直さに またジーンときました。

徳沢は今年から携帯電話(3種)がつながるようになりました。

これまでは冬遭難されても連絡しようもなく、基地としての役目もあり小説「氷壁」の文章にもあるように捜索の出発もここでした。木村小屋 村営施設での越冬はありましたが最後は徳沢冬期小屋のみでした。

最初に申し上げましたが携帯も繋がったし 今時の時代背景もあり役目を終えたと思っております。長い歴史の中に沢山の悲しいドラマがありました。また沢山の楽しい思い出も頂きました。厚く御礼申し上げます。長い間有難うございました。皆様の登山の安全を祈りつつ徳沢冬期小屋は終わりを迎えました。

                          (有)徳澤園 代表取締役 上條敏昭

140926-1

長い歴史もあり冬山での役割もあった冬期小屋。思い出もたくさんあります。特に今シーズンまで冬期番を務めてもらったH君には感謝しかありません。

今シーズンで、親の介護もあり冬期番を下ろさせてもらうと聞いたときに、初めに思ったのは、冬にH君と会えないのが寂しくて寂しくてしょうがないという感情だけでした。

夏の営業方針とは全く違った昔ながらの山小屋。冬に一人で上高地で越冬するというネガティブなイメージを一気に吹き飛ばしてくれる人柄。それ以上の人物を探せと言われても見つかるはずのないものでした。

数十年ぶりに迎える下界でのお正月にも戸惑うと思います。勿論、私も今年の年末年始、どう過ごしたらいいのかわかりません。数年たって落ち着いたら、思い出話をしながら穂高神社に初詣に行けたら最高です。

本当に長い間楽しい思い出をありがとうございました。

若旦那

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